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 ドイツから戻ったゲンドウを、書類の山が迎えた。
 副司令の冬月に押しつけたとしても、全てを任せてしまうわけにはいかない。どうしても自ら決済しなければならない書類が集まってしまうのである。今回は、机の上に小山が出来るほど。見ただけでうんざりしてしまうが、職責というモノがあるから逃げるわけにもいかない。ゲンドウは、頂上の書類から処理を始めた。
「…零号機の再起動実験の計画書」
 書類に目を通して承認のサインをする。そして処理済みの箱へと投げ込む。
「弐号機の移送計画。それに伴う人事異動」
 パラパラと、書類をめくる。
 弐号機の移管に伴い、本部へと異動してくる人員欄でゲンドウは目を留めた。
 惚流・アスカ・ラングレー
 加持リョウジ
 赤木ナオコ
「冬月…」
「何だ、碇…その書類に何か都合の悪いことでもあるか?」
 冬月は、意地悪げな口調だった。
「このあたりか?ん、おまえが気にしているのはこのあたりか?」
 冬月が指さしたのは、まさしく赤木ナオコの氏名だった。
「いや……問題ない」
「そうか。…これで母子対決が見られるな」
 冬月がさらっと口にしたセリフが耳に入って、ゲンドウは脂汗を流して沈黙してしまう。
 母とは、赤木ナオコ、子とは、もちろん赤木リツコのことである。何故この二人が対決するのか、その理由についてはここでは語らない。
「どうした碇?手が止まっているぞ」
 ゲンドウは気を取り直すと、別の書類に手を伸ばした。
「ん?これは、どういうことだ?」
 報告書の一つにゲンドウ目を留めた。
 その記述によるとシンジがミサトの部屋を出て、レイとともに工業団地で生活を始めたことになっている。
 傍らにいた冬月が「ん、それのことか?」と口を挟んだ。そして「これを、読んでみろ」と書類の山の中から、報告書の束を引き抜く。サードチルドレン監督日誌と、葛城ミサト観察日記の写しもそこに含まれていた。
 書類の間から机の上に、パラパラッと写真がおちる。シンジとミサトが取っ組み合いの喧嘩をしているところを諜報部員が望遠で撮影したものだが、説明がないと妙齢の美女が少年を押し倒して襲おうとしているようにしか見えない。
「ずいぶんと派手にやりあったそうだよ」
 冬月の口調は、孫の姉弟ゲンカを見守る好々爺のそれだった。
 報告書は、事実のみを冷静に記述している。しかし時系列に沿って詳細に記された文字を追うだけでも、シンジとミサトとの間に何があったかを読みとることが出来た。
「これは、まずい」
 額に汗するゲンドウ。
 シンジとミサトが喧嘩別れしてしてしまうなど、自分の経験にもなかったことである。なによりもシンジとレイがふたりっきりと言うのがまずい。いや…問題ではないのだが、ゲンドウにとっては大問題だった。
 ゲンドウは、これまでに何度となく『ユイは、もういないのだ』と、思い切ろうとしていた。だが『若返ったユイ』としてのレイがそこにいる。自分との生活の記憶がないにしても、時がたつのを待ちさえすれば、レイはやがてユイになっていくのだ。それに、かつてシンジであった身からすれば、レイとは初恋の女性である。そのレイが、自分以外の男に傾いていくのを見るのは悔しい。それが、歴史の必然であったとしてもである。
 親として、あるいは理性では、レイとシンジは結ばれなければならない、二人に幸せになってほしいと思う。しかし、運命に対する行き場のない憤り、嫉妬心がある。これら正負の感情の相克に、気が狂いそうになってしまう。だから、二人を他人に預けた。そして、苦しみから逃れるために身近にいた女性にすがったのだ。それが悪辣なこととわかっていても、そうしなければ耐えることは出来なかったろう。
 考えてみればレイを召還して、かつて新婚時代を送った部屋に住まわせたのも未練の現れかも知れない。ユイとしての何かを思い出すかも知れないと、一縷の希望にすがったのだ。だが、皮肉なことにシンジがそこに住み着いて、かつての自分たちを演じている。
 ゲンドウは、机上の電話をとった。
「葛城一尉を、司令室まで呼び出してくれ」
 眉間に、しわが深く刻み込まれて久しい。かつて多くの女性を魅了した少年時代のような微笑みが、彼に蘇ることはもうない。
 
 
               新世紀エヴァンゲリオン ファンフィクション小説
 
                       「運命の転輪」   たくさん作
 
                            −第11回−
 
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『ハーモニクス及びシンクロテストは異常なし。数値目標をすべてクリア』
『了解、結果報告はバルタザールへ』
 
 シンクロテスト前のレイに声をかけるのも、そのプラグスーツ姿にユイの面影を見て居ても立ってもいられなくなるからである。
「レイ」
「あっ、お義父さ……司令」
 レイがエントリープラグから駆け下りてくる。その嬉しそうな笑顔に、心が温まるのを感じてしまう。許されることなら、このまま抱きしめてしまいたい衝動にも駆られた。それを押し殺して語りかけようとするから、話題がどうしても平板化してしまう。
「どうだ、調子は」
「問題ありません」
「怪我は痛まないか?」
「もう、完治しました。心配ありません」
「体に傷が残ってしまったそうだが…」
 前回の事故で、レイの背中から脇腹にかけては火傷と深い傷が出来ていた。ドグマにあるレイのクローン体から皮膚移植すれば、その傷跡もすっかり消すことは可能であるが、それをすることは許されないとゲンドウは思っている。
「私は気にしてません。…お兄ちゃんも気にしないと言ってくれてます。がんばった証拠の傷跡なのだから、綺麗だって…」
 見せたのか?
 くっ…。ゲンドウは奥歯を噛みしめてわき起こる激情を堪えた。
 レイの微笑には、なんの悪意も含まれていないが、それだけになおさらたちが悪い。
 ゲンドウの胸中に、理不尽な復讐心が芽ばえた。
 シンジ、お前が悪いのだと理屈づけながら、ゲンドウはレイの耳元に口を寄せた。
「レイ。シンジのことが好きか?」
 ゲンドウの単刀直入の問いにレイは、ポッと頬を染めて目を逸らした。
「はい…」そう答えようとする寸前、ゲンドウが待ったをかける。
「待て…シンジがこっちを見ている」
 隣のケージには初号機があり、シンジはエントリー中だった。こちらを見ているに違いないことはゲンドウには手に取るようにわかっている。
「あいつに聞こえないようにな…」
 長身のゲンドウが身をかがめると、レイはシンジに知られてはかなわないと、ゲンドウの耳元に唇を寄せた。それが初号機の位置から、どんな風に見えるかも知らずに。
『グゥオオオオオオオオオ』
 突然の咆哮がケージ内に轟く。
 LCLの津波が、ゲンドウとレイを襲った。
『初号機、顎部拘束具破損っ!』
『なんて事!突然暴走するなんて。シンジ君は何をしてるのっ!』
 リツコの命令に整備員達が、あわただしく走り回る。
「ふっ、若いな」
 ゲンドウはニヤリとほくそ笑むと、LCLに濡れた髪を掻き上げながらケージを後にした。
 

 
 第11回をお送りします。
 次回は、再起動実験ですね。

Shinkyoの感想でございます

間違いなく、この作品は逆行物の新鋭と呼ばれるべきものでしょう。

おもしろいです。

なんか、ゲンドウが親しみがもててナイスです。

そして、かっちょええ。

たくさんへの感想は掲示板か私にメールしてくだされば、たんさんに責任もって転送します。


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