12
朝。
葛城ミサトは、自宅のテーブルに置かれた二つのモノをにらみながら脂汗を流していた。
緊張のあまりのどが渇いて、えびちゅに手が伸びる。
ゴキュ、ゴキュッと、のどを潤してから再び机上を睨む。
「………」
一つは『サードチルドレン監督日誌』である。ミサトが密かに書いていたものだ。
そしてもう一つが『葛城一尉観察日記』と銘打たれた大学ノートであった。
シンジが学校へと出かけたあと、ふと、彼の部屋を覗いてみたら机の上に置かれていたのだ。
恐る恐る、爆発物でも扱うかのように『葛城一尉観察日記』の一ページ目を開いてみる。
○月13日…その日記は、同居を開始して1週間目から始まっていた。
天候 晴れ
ミサトさんを起こそうとしたら机の上に『サードチルドレン監督日誌』があった。だから対抗して『葛城一尉観察日記』書くことにする。
朝、下着姿で部屋から出て来た。
いくら「そういう格好は、やめてください」と言っても、やめてくれない。お尻をポリポリ掻きながら「硬いこといわない、いわない」なんて言う。なんて、だらしのない人なんだろうと思った。もしかして大人の女の人って、みんなこうなんだろうかって、思ってしまった。
朝からビールを飲む。
体に悪くないんだろうか?酔っぱらって運転して大丈夫なのかな?
これから学校に行くって寸前に「今日は訓練だからレイのお見舞いが済んだら本部に来てねぇ」とか言いだした。昨日のうちに言ってくれればいいのに。おかげで今日の予定は変更しないといけない。レイになんて言おう…。
ミサトさんって作戦部の偉い人って話だけど、実際には何をしているんだろう。今日は訓練の間中、リツコさんのところでコーヒーを飲んでいただけのように見えた。でも仕事から帰ってくると、どこか疲れた様子。今日の風呂掃除の当番のことなんか完全に忘れてる。
お風呂から、裸にタオルを巻いただけという格好で出てきた。
「ミサトさん、なんて格好で出てくるんですか?」って言ったら「あらぁシンちゃん、本当は、見てみたいくせにぃ」なんて言って僕をからかった。僕を男として見ていないのか、油断しているのか、それとも信用してくれているのか。
夜、ビールを飲んでいた。僕が、寝るときも飲んでた。
こんなんだから29歳にもなって独身なのかも知れない。
続くページもこの調子で、葛城ミサトの生態が克明に描かれていた。
しかも、各ページの末尾には『無様ね』で始まり『大人の女性のほとんどは、もっと、きちんとした生活をしています。葛城一尉が特別なのです』等の、コメントが赤ペンで記入されていた。
「こ、この字は、リツコ…」
ミサトのページをめくる手が、小さく震えた。
そこへタイミングを計ったように電話のベルが鳴る。
「はい」と出てみると、まさしく赤木リツコの声であった。
からかうような口調で『どう、彼氏とは上手く行ってる?』などと言う。
「リツコ!これは何よっ、これはっ?」
『ちょっとミサト。いきなり何の話をしてるの?』
「日記よ日記っ。シンジ君の日記っ!」
『ああ、アレ。やっと見つけたのね?』
「見つけたのね?じゃないわよぉ。あんた、あたしに隠れて、どうしてこんなものをシンジ君に書かせているのよっ!」
『別に、私が書かせたわけじゃないわ。シンジ君が見てほしいって言うから、読んでたまでのことよ』
「シンジ君が?」
『そっ…彼なりに気を使ってるのよ』
「それはどういうこと?」
『いま、貴女どんな気分?「家族だ」なんて言いながら、監督日誌、書いてるのを知られてたのよ?本当なら、負い目の一つも感じていいんじゃなくて?』
「えっ…う、うん」
『彼が、子供のレベルまで退いて、対抗してみせてくれてる。だからそうやって平然としてられるんじゃなくて?しかもそうやって文句すら言える』
「じゃあ、あの子そこまで考えて…」
『もちろん、考えてやってるわけじゃないわ。ほとんど無意識でしていることよ。でもね、そう言うことが無意識で出来るなんて素晴らしいことだわ』
ミサトは、シンジの微笑みを思い浮かべて、ほのぼのとした気分になった。
「あのひげ親父の子供とは、とても思えないわねぇ」
『それはともかく、これからは少し生活を改めなさい』
「なによ、それぇ」
日頃の生活態度について、リツコからこってりと説教されるミサトであった。
新世紀エヴァンゲリオン ファンフィクション小説
「運命の転輪」 たくさん作
−第6回−
13
シンジは学校にいた。
転校して来て、そろそろ一週間半になろうとしている。
普通なら、仲の良い友達が出来てもよい頃合いである。だが、未だにそう言う友達は出来ていなかった。と言っても孤立しているわけではない。その容姿や、優しい物腰から、クラスメート…特に女子生徒の受けが非常によく、某生徒によるシンジのポートレート売上高はナンバーワンを記録しているほどである。ただ、転校して来てからずっと、午前の授業が終わるとそそくさと荷物をまとめて早退してしまうために、挨拶を交わす以上のつきあいが誰とも持てないのである。
「碇君、今日も早退するの?」
クラスを代表して、委員長の洞木ヒカリが声をかけた。早退者の、名前とその理由を日誌に記入しなければならないからだ。
「うん。これから病院に行かないといけないんだ」
この間の戦闘騒ぎで、クラスにも家族が怪我をした人がいた。日頃ジャージを愛用しているクラスメートの妹も、怪我をしたとヒカリは聞いている。だから「家族に怪我した人が出たのね」と推測して気を遣い、それ以上つっこんだ質問をするのをやめた。
「そう。毎日大変ね」
「うん。だけどあと2〜3日だから。心配してくれて、ありがとう」
シンジの微笑みをまっすぐに向けられて、ヒカリの心臓は高鳴った。
「え、あ、こ、これは委員長としての、し、職務だから」
必死に言い訳するヒカリを苦笑しながら、シンジは何気なく次の一言を放つ。
「そっか。ちょっと残念かな」
そ、それって、どういう意味!
ざわめく教室。絶句するヒカリ。
硬直するヒカリを残して、シンジは教室から風のように去っていった。
14
ドアをノックする。すると中から「…はい」と素っ気ない響きの返事が聞こえた。
「来たよ」
病室をのぞき込むと、ベットにレイが横臥していた。右目を覆う包帯、腕のギブスは相変わらず痛々しい。
何を読んでいたのか、本を掛け布団の下に隠しこむ。
「……」
「どう、調子は?」
問いながら荷物の中から、魔法瓶と弁当箱を取り出すシンジ。
「問題ないわ。明日にも退院できるって」
「そうなの?よかった」
喜ぶシンジ。レイは、頬をうっすらと赤らめて言った。
「これで、お兄ちゃんと一緒にいられる」
「そうだね」
シンジはオーバーベットテーブルに、弁当箱を広げた。
「さっ、お昼を食べようか」
Shinkyoの感想でございます。
こんな辺境の地にあるようなHPで公開するにはもったいない作品ですね。
つくづくそう思います。
しかし、『葛城一尉観察日記』とは、それを赤ペンでチェックするリツコ、
なんかこのネルフ好きです(爆)。
シンジもレイもいい感じだし、LRSサイコーです。
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