17
第四使徒戦である。
使徒の繰り出す二条の光鞭が、初号機に襲いかかった。
特殊装甲が弾け、素体の皮膚が裂ける。そしてシンクロするパイロットの身体にも、ミミズ腫れが刻み込まれていく。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
シンジは、鞭の打撃に耐えながらも、隙をうかがっていた。
大きく飛び退いて、光鞭を避ける。
代わりに兵装ビルの一つが破壊され、集積されていた弾薬が小爆発を起こしながら崩れ落ちた。砂埃が煙のようにたちあがり、戦場となった街区は瓦礫の山となる。
「いまだっ」
光鞭がビルに巻き付いた瞬間をシンジは狙った。
使徒に飛びついて、近接戦に持ち込もうとした。だが…。
「なんだよ、なんでこんなところに人が!」
足下に人影を見つけ、シンジはたたらを踏む。
初号機の動きが、凍り付いたように止まってしまった。そして、その隙を使徒が見逃してくれるはずもない。
『アンビリカル・ケーブル切断!』
『内部電源に、切り替わります』
乱打される初号機。だがうかつに光鞭を避ければ、また、人を巻き込んでしまうかも知れない。シンジの脳裏に「おまえを殴らな、あかん。殴らな気が済まんのや」と殴りつけてきた、クラスメートの姿が浮かんだ。
シンジは鞭を、つかみとった。
それは炎の中に手を突っ込むような激痛と引き替えの行為であった。
「ぐぅぅああ。ミ、ミサトさん!使徒を抑えてますから、今の内になんとかしてください!」
(あれはシンジ君のクラスメート)…スクリーンに表示される資料に、素早く目を通すミサト。軍人の価値観で状況を判断し、冷酷に決断を下した。
『…シンジ君、使徒から離れなさい。一旦、退却して体勢を立て直します』
ミサトは、戦術指揮官としてはっきりと命令した。だがそれは、二人の少年を見捨てることを意味している。
「そんなことしたら、この二人が…」
『あなたが負けたら、その二人どころか、人類が滅びるのよ…退きなさい』
シンジの返答は「嫌です」だった。
新世紀エヴァンゲリオン ファンフィクション小説
「運命の転輪」 たくさん作
−第8回−
18
ミサトは『軍人』である。
『命令』には、絶対服従の世界で軍事を学んだ。
ましてや『ネルフ』は軍事組織の体をとっていて、ミサトは上司、シンジは部下である。だから『命令』すれば、シンジが従ってくれると期待している。
部下は上官の命令に従う。拒否すれば、その場で射殺されても文句はいえない。…だがしかし、それは軍人の常識に過ぎない。
なによりもシンジは、『兵士』ではなかった。
碇シンジという名の人間は、人としては『少年』であり、社会においては『学生』であり、ネルフにおいては『チルドレン』である。
『兵士』が戦うのは、それが『命令』だからである。そして、人を殺す理由を、それが命令だからと言い訳する。
だが『少年』が戦うのは、自らの意志と責任で『戦う』と選択したからである。だからこそ、彼はクラスメートの鉄拳を受け、妹を怪我させたとなじられることも、自分のせいだと苦しむ。
彼にとって、ミサトの発進命令は戦闘開始を告げる合図でしかない。退却命令を「嫌だ」と拒否するのも、彼の、みんなを護るために戦う、逃げない、という信念に素直に従っているに過ぎない。
ミサトにも、それはわかっている。痛いほどに…。
だがしかし、それを受け入れるわけにいかないのが、軍人としてのミサトの立場だった。
例えば、敵の侵略があった場合…これを迎撃するために移動している戦車部隊の目前に避難民がいて進めず、時間以内に指定された地点にたどり着けない時どうするか…指揮官には、避難民をなぎ倒してでも進むことが求められる。
これが『戦争』である。
この判断を下せることが指揮官の条件といえる。もし、これが出来なければ、もっと多くの人が確実に死ぬのだから。
「これは命令よ。後退しなさい!」
ミサトは、命令を繰り返した。
『嫌だ!逃げない!』
シンジの叫びが、発令所中に響く。
『僕は逃げられない。逃げちゃダメなんだ!』
それは、まさしく悲鳴だった。嫌だ、痛い、辛い、怖い、恐ろしい、そして逃げたい。そういった気持ちを無理矢理ねじ伏せて、前に出ていくために唱える祈りだった。
ミサトは嘆息した。
(そう…足下に人がいるから、退けないと言うのね?わかったわ)
胃がキリキリと痛む。胃液が逆流してくる。それに堪えながら命令を発した。
「日向君。…対地ミサイル、初号機の足下に照準合わせ。4発、指命」
「か、葛城さん!」
ミサトの命令が、何を意味しているかわからないような者は、発令所には一人も居ない。
「まさか、葛城一尉っ!」
マヤすら声を上げた。だがミサトは冷淡に視線を巡らせるだけだった。
「日向二尉…復唱は?」
「は……はい。対地ミサイル、目標初号機の足下、4発…準備良し…」
額に脂汗をかいている日向。日向の背中にミサトは言い訳した。
「シンジ君だけに辛い思いをさせて、こっちだけ楽してるってわけにいかないのよ!」
(また、酒量が増えるなぁ…)
ミサトは、内心で嘆いた。
日向が、発射ボタンに手をかけようとしたその時、シンジが使徒めがけて突撃した。
「わああああああぁぁぁ」
使徒の光鞭が、初号機の腹部を貫く。
「ぐげぇ…っぷ」
シンジが血を吐いた。血を吐きながらも、眼は使徒をとらえて放さず、ATフィールドを中和しながらナイフを使徒の光球へと突き立て、押し込んだ。
ギリギリというシンジの歯ぎしりが、聞こえてくるようだった。
あまりの凄惨さに、オペレーター達は息をのみ、マヤはスクリーンから顔を背けてしまう。だが、このままシンジが使徒を倒せば、ミサイルを人に向けて発射しないですむのも確かだった。
「…シンジ君」
ミサトのつぶやきは、どんな心を表していたのだろうか。
何度か書き直してみたんですが、僕には…こんな、書き方しかできませんでした。
Shinkyoの感想でございます
最近の更新はたくさんの投稿小説に頼りっぱなしですね。
ほんと、感謝です。
今回はちょっちシリアス風味ですね。
厳しい大人の世界を垣間見たShinkyoです。ミサトさん、酷すぎるよぉ〜〜〜。