19
「わああああああぁぁぁ!」
使徒の光鞭が、初号機の腹部を貫く。
「ぐげぇ…っぷ」
シンジが血を吐いた。血を吐きながらも、眼は使徒をとらえて放さず、ATフィールドを中和しながらナイフを使徒の光球へと突き立て、押し込んでいく。飛び散る火花。
パキッ
ガラスが割れるような感触と共に、使徒はその動きを止めた。
ほぼ同時に初号機も、内蔵電源を使い切って停止する。
「うっく…ひっく…ひっく」
涙が止まらない。
神経接続も遮断されて苦痛こそ止まったが、シンジの身体は恐怖に震えていた。
震える手で大穴のあいた腹を、恐る恐る撫でてみる。
実際、穴があいたのは初号機の腹部だったはずだが、シンクロしていたために自分の身体に穴が開いたように感じがする。
いくらさわっても、それが自分の身体のような気がしなかった。
新世紀エヴァンゲリオン ファンフィクション小説
「運命の転輪」 たくさん作
−第9回−
20
崩れかけたビルから、瓦礫が墜ちてパラッと砂埃があがる。
戦いの爆音、轟音、衝撃波がおさまり、街は死んだように静かになった。
うずくまっていた相田ケンスケと、鈴原トウジは、恐る恐る顔を上げた。
頭の上では紫の巨人と怪物が、石像のように固まっていて動かない。
「は、……た、助かった…?」
ケンスケが声を上げる。
「そや!わいら、た、助かったんや」
トウジも、声を上げる。
二人は互いに抱き合って互いの無事を喜んだ。
やがて、近寄ってくる車の音にケンスケは気づいた。
「あ、あれは?」
トウジも、振り返る。
スカイブルーに塗装された軍用車両の群だった。
「やばいっ、隠れろ!」
二人はビルの瓦礫の影に隠れた。ケンスケはビデオカメラを取り出して撮影を始める。
ネルフのロゴが入っている軍用車両を先頭に、トラックやクレーン車、梯子車があとに続いていた。初号機の足下で車がとまると、作業員達がわらわらと降り立ち、エントリープラグに向けて梯子を延ばし回収作業を始めた。
「オーライ、オーライ!」
やがて紅いジャケットをまとった長身の美女が降り立った。
長い黒髪が夕日を受けて紫に輝く。
これが日常の場面で出会ったのならば、二人はその美しさに胸をときめかせただろう。だが、その美女は触れたら切れそうな雰囲気を、全身で発していた。
「ごっつう綺麗な人やなぁ、誰やろ?」
ケンスケは、カメラの倍率を最大にして階級章を読みとった。
「一尉の階級章をつけてる。あの若さで一尉なんて…すごい、すごい」
「おっ、見ろや。転校生やっ!」
トウジに頭を引っ張られて、その方向を見るとシンジが近づいてくる。
プラグスーツのまま、髪もまだLCLに濡れている。黒服の保安部員に両脇を挟まれていた。
「ひゃあぁ、ごつい護衛をつれよってからに。やっぱ、選ばれたえりーと様は違うのお」
「アレは、護衛って雰囲気じゃないよ。どっちかっていうと連行みたいだ」
「なんやそれ?」
シンジが近づいてくる、二人は息を潜めて様子をうかがった。
21
「ミサトさんを、見損ないました」
シンジは、開口一番こう言ってなじった。
「まさか、あんなことを平気でするなんて…」
初号機の足下にいた二人を見捨てるように命令したり、シンジがそれに従わないと見るや、民間人にミサイルを向けたことを言っている。
だが、葛城ミサト作戦部長は冷淡だった。
部下の持って来る書類にサインしたり、作業を指示したりしながら、耳だけ貸しているという態度だ。
「あらぁ、シンジ君に見損なわれるほど、信頼してもらっていたとは思わなかったわね〜」
「どういう意味ですか?それ」
「1ヶ月ちょいで、わかったようなこというなって言ってんのよ!」
ミサトは、初めてシンジに目を向けた。
その表情は、あたかも夜叉のようでシンジはたじろいでしまった。
「あんたのそれはね、『タカをくくる』って言うの。『見損ないました?』冗談言わないでよ!もともと知りもしないくせに…」
「でもエヴァは、ネルフは、みんなを護るためにあるんじゃないんですか?」
「そうよ」
「じゃあ、どうして…どうして平気なんですか?人を見捨てて!」
「負けたら取り返しがつかないからよ。負けたらそれで全てがおしまい、あなたも、わたしも、レイも、リツコも、碇司令も…ね。わたしは、勝つためだったら必要なことは何でもするつもりなの」
「だからって、それで人を死なせてもいいって言うんですか?」
「それがわたしの仕事だもの。効率よく、効果的に、そして最小限の損害でってね」
「じ、じゃあ…必要なら僕にも死ねって言いますか?」
「もちろん、言うわよ……その時が来ればね」
間髪入れずに答えるミサト。
まったく躊躇う様子はなかった。淡々と答える口調に、シンジは絶句してしまった。
「シンジ君、今の内に命令しておくから憶えておきなさい。今後、エヴァの足下に誰がいようと、何があろうとも、命令されたら迷わず戦いなさい。それが、私であっても同じ…いいわね」
こうなるとシンジは、沈黙以外のどんな態度をとっていいのかがわからなかった。
「さてシンジ君。あなたには、命令違反の罪で重営倉入り3日間を命じます」
ミサトは「いいわね?」などと尋ねたりはしない。
シンジは、保安部員に連行されていった。
21
「どういうことや?」
今のやりとりが、今ひとつ理解できないトウジは、ケンスケにたずねる。
「要するに、転校生が命令を無視したってことだよ。あいつ、僕達がいたんで、あの人に命令に従わなかったんだ。それで禁固刑をくらったんだよ」
「なんやて、それじゃあワイらのせいっちゅうんか?」
「…そうだろうね」
「そこの二人っ!」
「はいっ」
ミサトの声の鋭さに、ケンスケとトウジは反射的に背筋を伸ばして立ち上がってしまった。
「相田ケンスケ君と、鈴原トウジ君ね?」
「ど、どうして僕達の名前を」
「二人とも、シンジ君のクラスメートでしょ?名前ぐらい知ってるわよん」
急にフランクな口調になるミサト。
その笑みと和らいだ雰囲気に、二人とも「ほっ」として気を抜いた。
「えへへ。いいこと教えてあげましょうか」
「なんでっか?」
「実はね、わたし、あなた達のこと殺そうと思ったのよん」
「へっ?」
「いっ!」
「シンジ君が、あなた達を庇って戦えないでいたから。あなたたちさえ居なければシンジ君が、心おきなく戦えると思ったってわけぇ」
笑顔のままだが、話の内容はとてつもなく殺伐としていた。
その内容と笑顔とのギャップが、いい知れない恐怖感となって二人の心臓を鷲掴みにする。
二人の背中は、冷たい汗が滝のように流れてびしょびしょになっていた。
「もし今度ねぇ、戦闘中にシャルターから出てくるようなことがあったら、ミサイルをプレゼントしてあげるから、そのつもりでいてねぇ」
「は、はいぃ!」とトウジ。
「か、かしこまりましたっ!」とケンスケ。
二人は直立不動で固まった。
「理解が良くて嬉しいわぁ。では、行ってよろしい…」
「はいっ!」
二人は声をそろえると、脱兎のごとくその場から逃げ出した。
「あっ、そうだ!」
ミサトの声に走る姿勢のまま、びくっと立ち止まる二人。
振り返るケンスケの首からは、ギギギと錆びた音がしそう。「ま、まだ何か?」
「ここでのことは秘匿事項なんで、カメラは、没収するわよん」
黒服がケンスケからカメラ、フィルムを取り上げてしまった。
第9話をお送りします。いかがでしょうか?
次回でも、ミサトとシンジには、言いたいことをずけずけと言い合わせたいと思ってます。とっくみあい、髪ひっつかみの、大喧嘩をさせる予定です。
Shinkyoのあとがきでございます
大人の世界ですねぇ。世の中、そう上手くはいかないもです。
シンジとミサトのこんな関係のSSは初めて読みました。
私のSSは御都合主義だからどうにでもなりますが(爆)
私もたくさんの更新スピードを見習いたいです。
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